2023年に向けたIT企業の生存戦略

某月某日、エラいさんから全社員へメモが展開されて来た。IT系の企業ならば、よくあることだ。
なんでも新しいビジネスを開拓したくて、スペシャルチームを編成したらしい。
“IT企業のあるある” 的な話だ。

  • 「課長層を中心に10名くらいの方々に参画いただきました」
  • 「幹部や企画部門だけで検討するのではなく、『事業部門で開発やサービス設計、拡販に従事して頂いているリーダーのみなさん』に『事業部横断』で検討いただくことに主眼をおきました」
  • 「『現場で顧客や開発に直接向き合い、業務にあたられているリーダーの知見を入れると気づきが多い』と感じました」
  • 「『戦略を考えられる人材をどう育てるか』というのも非常に重要な課題だと感じました」

うーん、歯に衣を着せずに言うと、”ザ・日本的経営な企業” だ。僕が日頃から見ている外資系のIT系企業とは全く異なる。

ある意味で大変に素直なので、『経営者としての伸びしろ』は大きいと言える。ただしもっとやり方を工夫した方が良さそうに感じてしまった。そこで今回は、外資系のIT企業がどのような戦略を推進しているかを紹介したいと思う。

景気後退の話

まず欧米企業、特に米国企業は前向きな表現を好む傾向がある。
しかし前向きな表現と、実際に株主へ説明する内容や、さらに経営層で推進しようとしていることは同一ではない。
T.P.O. (とっても・ピーマンな・オススメ)に基づいて説明している。

まず外資系企業の決算報告を読むと、米中対立、ウクライナ戦争、COVID-19、半導体供給などが懸念事項として挙げられている。
特に残念ながらウクライナ戦争に関しては、どこも2023年のうちに終息するという見通しを持っていない。日本の論壇に立っている小泉、東野、高橋氏などは、2024年まで続いていく可能性が高いと憂慮している。

米中対立は中国側の問題により、米国議会が制裁的な法案を成立させてしまった。
もはや先進的なデバイスや部品は米国で生産し、中国は汎用品を生産する役割を担うようになりつつある。
しかしそれさえもリスク回避のためにASEAN諸国へ分散する動きが目立つ。
iPhoneのインド生産なども本格化している。
おまけに経済的な苦境に加えて、新型コロナで感染力の高いXBBやBF7が中国で猛威を振るうようになってしまった。

ただでさえ日本以上の超高齢化の進んでいた中国では大打撃である。
一人っ子政策は二人っ子政策になり、現在では三人もOKとなっている。しかしそのくらいでは焼け石に水だ。
三人を育てることのできる経済的な余裕をもたらすことが、今の中国では不可能となってしまった。

そういう状況だから、新しく何かを大胆に打ち出そうとしている世界企業は皆無に近い。
中国に関していえば、HPEも手を引きつつあるのかもしれない。
聞くところによると中国から企業レベルの莫大な資産を持ち出すことは出来なくなっているので、HPEが次はどこへ投資するのか気になるところである。

そして景気後退によって金融機関の投資用資金は余っているかもしれないが、IT系企業が新商材の開発に投資しても回収見込みがないというのは辛い。
半導体企業は数年レベルの先行投資をするので、本来的には景気とは関係性が低い。
しかし大幅な業績悪化によって大規模投資は止まってしまった。
今のところは既に決定済みとなっている、『米中対立による生産拠点の米国/台湾回帰』が推進される程度だ。

Salesforceが拡げる波紋

僕として最も悩ましいのは、いかに拡大路線を続けていたとはいえ、Salesforce (セールスフォース) が大規模レイオフを発表したことだ。

もちろんAmazonやMeta (Facebook) なども大規模レイオフを打ち出しているけれども、Salesforceは少し事情が異なっている。

Salesforceは、基本的にAmazon AWSサービスの上で稼働しているSaaSソフトウェアである。そしてSalesforceが提供するサービスを顧客ニーズに応じて有償カスタイズする企業も多い。2021年にIBMも一社買収した。

そういうSalesforceが売上実績や売上見通しを憂慮して大規模レイオフを実施する。その影響は上位の世界や下位の世界にも影響するということだ。

おまけにインターネットでSaaSサービスを提供しているということは、直販ビジネスが多いということだ。だから一般企業のように不景気時に営業を中心にレイオフをするのとは異なる。
おそらく第二弾、第三弾といったレイオフをする余裕は難しいだろう。
SaaSということは最近流行の “サブスク” だから急激な資金繰りの悪化はないだろうけれども、それでも会社経営に余裕がないことには変わりない。ここら辺がインターネット一辺倒な企業の弱点だったりする。
(そして同時に、競合他社の営業を引っこ抜いて他社売上を奪取するような方策も使えない)

今までは上記のSlack、MuleSoft、Tableauような有望スタートアップを買収することによって売上を伸ばして来たけれども、今の経済状況ではリスクが高くなっている。
もちろんこれから新規買収する企業の売上額は期待できるだろうけれども、利益が出なければ辛い。
それに買収によって両社の売上がシナジー効果で増える相乗効果がなければ、わざわざ買収する意味はなくなってしまう。
既存ビジネス形態では、景気の良くない時に売上拡大は期待しにくい。

もちろんHPEやDellといったITサーバベンダにしても、こういう時に新ビジネスを立ち上げる資金的な余裕が厳しくなって来る。
一年前からHCIスタートアップ企業の買収がウワサされていたけれども、結局は白紙化ということになったらしい。

販売網への影響

なおこういう時だから、販売網の整備も重要となって来る。
どう頑張ってもユーザが買い控えをして売上減少するのであれば、間接販売パートナーの教育に資金投入しても投資効果は減少してしまう。だから間接販売向けパートナーの支援プログラムも見直しが必要となって来る。
折しもCOVID-19もあってパブリッククラウドが売上を伸ばしており、それに対応するためのプログラム見直しを実施していたところだ。
そんなこともあってここ数週間ではDellやHPEだけでなく、大御所IBMの間接販売パートナープログラムも発表されている。

もちろんHPEは、いつものように抜かりなく「経済状況に応じた販売網」を調整している。

こういう時の常道は物騒だけれども、「ライバルを潰す」とか「新市場へ進出する」となってくる。シンプルな『我慢比べ』とも言える。
たとえばHPEが倒産すれば、ライバル企業であるDellにはHPE顧客を得るという大チャンスがやって来る。
(実際には投資会社が立て直しを実施するので、諸手を挙げて万歳する状況にはならないけれども)

あとはイーロン・マスクのスペースXのように、火星を目指すといった新市場開拓も考えられる。そしてこういう時に鍵となるのは、昨今注目を浴びているAI技術や自動化技術だったりする。

なおHPEはスパコン(スーパーコンピューター)で有名な旧クレイを買収し、2023年1月3日時点で世界ランキングNo.1スパコンはHPE製となっている。そしてストレージ企業としては、Pure StorageがMetaのスパコンに食い込んでいる。
(1,000GB x 1,000 x 1,000 = 1EB容量レベルだから、1つのスパコンでも相当なものだ。HPE製はたしか768PBだった)

そういえばPure Storageという米国ストレージ企業のManaged Service ProviderとしてはNTTが有力パートナーとなっている。普通はNTTデータなのだが、今回はNTTとなっているのが興味深い。
もしかしたらNTTとNTTデータは海外向けには事業統合したので、その関係かもしれない。
そしてNTTは通信業者だからメタバースなどではビジネスチャンスを得られるかもしれず、ここら辺の動きも目が離せないところだ。

さて以上のような状況なので、本来であれば僕のような企画屋の出番はない。
むしろ販売やマーケティングに力を注ぎ、できるだけ『無理・無駄』を節約することが経営者としての常道だ。そうでなくても、日本企業は欧米企業のようにリストラやレイオフを実施するのは難しい。

さてそんな訳でIDCやGartnerといった企業がICT市場の成長を予測していたけれども、さっそく年明けから不穏なムードが漂っている。果たして2023年はどういった年になるのだろうか。

僕は未知の新市場を開拓するのが好き(そういうタイプの仕事人)だけれども、ハイリスク・ハイリターンというのは日本IT企業には向いていない。
我々には二番手商法のローリスク・ローリターンを全力で追いかけるのが向いているのだ。

そういう状況を踏まえて、どのように駒を動かしていくか。
2022年は『鎌倉殿の13人』が大評判だったけれども、それを現実にやらねばならないのがビジネスパースンの大変なところだ。
僕は下っ端の雑用係なので幹部の一言に右往左往して過ごす訳だけれども、さて彼らがどのような状況認識と判断を下すのかは興味津々である。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:小野谷静